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Such A Funky Thang! -久保田利伸を語る- Vol.11

"LA LA LA Love Song" が大ヒットした1996年、ヒップホップ/R&B シーンに新たな潮流が生まれています。これまでに紹介してきた、ヒップホップ・ソウルやギャングスタ・ラップなどは、過去のソウルやファンクをサンプリングしたサウンド・メイキングが特徴でした。ただ、それらがビッグ・ビジネスになるにつれて、サンプリングの許諾料は年々高騰していました。こうした状況を反映して、自作のトラックを提供できるプロデューサーが求められるようになっていたのです。

このような時代背景を元に頭角を表したのが、Timbaland こと Tim Mosely です。強調されたハイハット音とシンコペーションするビート、通称 "チキチキ・ビート" と呼ばれた独自のサウンドで、既存のヒップホップや R&B とは異なる、オルタナティブなビート・ミュージックを提示しました。この異能のプロデューサーがシーンにもたらしたものは、リズムの革新にとどまらず、ブラック・ミュージックの領域を飛躍的に拡張させた、という点において非常に重要だったと言えます。

Timbaland の出世作となったのが、Aaliyah の "If Your Girl Only Knew"('96) です。床を這いずり回る爬虫類を想起させる、ある意味で悪趣味なベースラインを伴ったサウンドは、当時のシーンに衝撃を与えました。Timbaland の相棒的存在である Missy Elliott の "Beep Me 911"('97) も同様のサウンドです。さらに、サウンド以上に衝撃的なのがこちらのPVです。独特のベースラインそのままの悪趣味な未来観で、日本人には想像不可能な世界です(笑)。そして、Ginuwine による "Pony"('96)。この3曲は Timbaland の初期の代表作で、いずれも高い中毒性を持つ、サイバネティックなファンク・ミュージックです。

   

この後、Timbaland は自身のビートと、ロック、クラブ・ミュージック、エスニック・ミュージックなどを折衷し、さらなる進化を遂げます。三味線とタブラをループさせたエスニックなサウンドと、"これからみんなでメチャクチャ歌って騒ごう騒ごう" という日本語のセリフが話題になった、Missy Elliott の "Get Ur Freak On"('01) が、そうしたサウンドの代表曲です。Timbaland & Magoo 名義でリリースされた "Naughty Eye"('03) も、インド風味のティンバ・サウンドがクセになる一曲です。

   

Timbaland が全面的にプロデュースしたわけではありませんが、Aaliyah の遺作である 「Aaliyah」('01)は、Timbaland プロデュースの到達点と言える傑作でした。Timbaland の変態ビートと Aaliyah の持つエレガンスが見事なケミストリーを生んだ "Try Again" は、Timbaland の最高傑作のひとつでしょう。また、Timbaland のプロデュース曲ではありませんが、洗練を極めに極めた "Rock The Boat" は、00年代における R&B 最高の一曲だと思います。

   

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by bigflag | 2010-05-31 01:27 | ・久保田利伸を語る | Comments(2)  

Such A Funky Thang! -久保田利伸を語る- Vol.10

現在、キムタクが主演している月9で、久保田利伸の曲が主題歌に再び採用されていることを、ついさっき知りました(笑)。今から14年前!(そんなに前かぁ・・・)、同じくキムタクが主演した1996年の月9 「ロング・バケーション」 では、"LA LA LA Love Song" が採用されていました。90年代を代表するドラマだけに、この曲を覚えている人も多いと思います。約200万枚をセールスし、久保田利伸にとって最大のヒット・シングルとなりました。僕も 「ロンバケ」 は見ていたはずですが、最終回にキムタクと山口智子がチュッチュ・チュッチュと何度もキスしていたシーン以外は何も覚えていません(笑)。右下は、現在の月9の主題歌 "Love Rain -恋の雨-"('10) ですが、"LA LA LA Love Song" と比べると、正直もうひとつの出来ですね。

   

久保田利伸の屈託のなさについて、以前に少し触れましたが、それは "少年の心" を失っていないと言い替えることができます。そうした久保田の純真で陽性なパーソナリティが反映された "LA LA LA Love Song" という主題歌が、ドラマに爽やかな彩りを添えていたことは否定できないと思います。

そして、同年にリリースされたアルバム 「LA LA LA Love Thang」 は、シングルの大ヒットにより、急遽制作されたという印象があり、傑作とは言い難い作品ではありますが、何曲か注目すべき曲があります。まずは、D'Angelo を意識したであろう "What's The Wonder?" です。Vol.7 で紹介した "女D.J. Fonk" よりも、リズムが明らかに進化しています。こうした曲をきっちり忍ばせるあたりは流石です。次に、"シルクの愛が欲しくって" では、久保田流のボサノヴァを聞くことができます。久保田利伸には、ブラック・ミュージックだけでなく、ラテン・ミュージックを取り込む資質があることも忘れてはいけません。コカ・コーラのCMで覚えているひとも多いと思いますが、"ふたりのオルケスタ"('93) というサルサを取り入れたファンキー・チューンもありました。

   

少年のときに見上げた雲ひとつない夜空。そんな懐かしい思い出が蘇る曲がありいます。97年にリリースされたシングル "Cymbals" です。この美しいバラードには、今回紹介した久保田利伸の純真なパーソナリティが凝縮されています。センチな男性(笑)にはグッと来る曲だと思います。下はHEYx3でのライブですが、喉の調子がハンパなく良くって、生で見ていた人たちは、鳥肌が立ったんじゃないでしょうか。ところで、松っちゃんはその発想もさることながら、顔芸とか声芸も面白いんだよなあ。しかし、パッと見、変質者にしか見えない(笑)



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by bigflag | 2010-05-22 14:15 | ・久保田利伸を語る | Comments(0)  

Such A Funky Thang! -久保田利伸を語る- Vol.9

Wikipedia によると、"久保田利伸のプラネット・フレーヴァ" という全国ネットのラジオ番組が1995年10月に始まっています。この番組で久保田が流していた、昔のソウルやファンク、そして、当時のR&Bやヒップホップが、僕の音楽リスナーとしてのバックグラウンドのひとつとなっています。そんなわけで、今回は久保田がラジオ番組で流していた(多分です。なんせ10年以上も前の話なので記憶が曖昧w)、名曲を振り返りたいと思います。

以前に少し触れましたが、久保田利伸は大の Zapp 好きで、アルバム一枚に一曲は必ずと言っていいほど、トーキング・モジュレーターを使用しています。僕も同じく Zapp が大好きなんですけど、ヴォーカリストである Roger のソロ作は特に最高です。左下は "I Wanna Be Your Man" というラブ・ソングですが、ライブで見えると絵的にも凄いです。トーキング・モジュレーターの管を口に咥えて変声を出しながら、愛について歌っているこの姿。良い意味で完全に狂ってます(笑)。で、右下は何曲かメドレーで歌ってるんですが、トーキング・モジュレーターを自在に使いこなす Roger を見ているだけでも楽しい絵面です。このライブには、久保田利伸が追い求めるファンキーという感覚が詰まっていると思います。

   

この番組で、久保田利伸は R&B だけでなく、ヒップホップもかけていて、特にメロウなヒップホップを選曲していたと思います。ちょうどこの時期は、ギャングスタ・ラップの全盛期だったこともあり、2Pac などの楽曲が取り上げられていました。

左下が Joe Sample の "In All My Wildest Dreams" をサンプリングした 2Pac の "Dear Mama"('95) という曲で、右下は Mtume の "Juicy Fruits" をサンプリングした The Notorious B.I.G. の "Juicy"('94) という曲です。この時期らしい大ネタ使いで、オリジナルまんまのメロウなトラックです。ある意味で安易な、こうした大ネタ使いによるトラックの分かりやすさが、ヒップホップをメジャーのど真ん中へと押し上げたのです。また、これらの曲を聞けば、ヒップホップ側からも R&B に近づいていたことが分かります。

   

ただですねえ、ギャングスタ・ラップに関わっていた人たちって、全然メロウじゃないんですよね(笑)。だって、The Notorious B.I.G. を初めて見たとき、ちょっと引いちゃいましたもん。こんな悪そうな奴、見たことねえよと。ワルそうな奴はだいたい友達、じゃなくて、本当にワルい奴と友達だという(笑)。事実、このムーヴメントの2大スターであった、2Pac と The Notorious B.I.G. はともに銃殺されてしまいます。とにかく、自分の日常とかけ離れた彼らの音楽やルックス(笑)は、トラックの良さを含め、僕にとっては大きな衝撃でした。そういえば、吉田秋生の 「Banana Fish」 を読んでいるとき、ギャングスタ・ラップを BGM にしていたんだよなあ。急にフラッシュバックしてしまった(笑)

そして、忘れてはいけないのが、90年代におけるソウル・バラードの最高峰、Monica の "Before You Walk Out Of My Life"('95)です。15歳の少女とは思えないディープな歌声と、メロウなグルーヴに心身を委ねたひとも多いはず。タイムレスな名曲だと思います。この曲の音使いは、久保田利伸にも大きな影響を与えています。



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by bigflag | 2010-05-19 00:34 | ・久保田利伸を語る | Comments(2)  

Such A Funky Thang! -久保田利伸を語る- Vol.8

久保田利伸がアメリカ・デビューを果たした1995年、ブラック・ミュージックにおける革新がまたも起こります。D'Angelo の登場が決定打となった、ニュー・クラシック・ソウル(オルタナティブ・ソウル)と呼ばれるムーヴメントです。NCS という名称からも分かるように、70年代のニュー・ソウルをアップデートしたサウンドでした。打ち込みによるサウンドが主流となっていたため、生演奏が多用された D'Angelo の楽曲は、オルタナティブと呼ばれたわけです。D'Angelo 以前にも、Tony Toni Tone など生演奏を多用するグループがいましたが、ヒップホップのビートには対応できていなかったため、サウンドに強いインパクトがなかったのです。

D'Angelo の登場を用意したのは、A Tribe Called Quest や The Roots という、生演奏のグルーヴを重視したヒップホップ・グループの存在です。事実、D'Angelo のデビュー作である 「Brown Sugar」 には、ATCQ の DJ である Ali Shaheed Muhammed や、グループのミキシング・エンジニアだった Bob Power が関わっており、重要な役割を果たしたと言われています。また、完全な生演奏でヒップホップのリズムを再現してみせたバンド、The Roots は D'Angelo の 2nd 「Voodoo」 で起用されています。

左下が ATCQ の "Jazz (We've Got)"('91) で、右下が The Roots の "Silent Treatment"('94) です。彼らが創出した生のビート感は、ニュー・クラシック・ソウル(オルタナティブ・ソウル)とカテゴライズされるミュージシャンに大きな影響を与えました。

   

D'Angelo のデビュー曲である "Brown Sugar" や "Shit, Damn, Motherfucker" を聞けば、生のヒップホップ・グルーヴをまとった、新たなソウル・ミュージックが提示されたことを追体験できると思います。とはいえ、D'Angelo の音楽の真髄は、そうしたグルーヴの新しさもさることながら、生々しいエロスを歌とリズムに乗せたことにあるように思えます。特徴的な、まるで舐めるようなベースラインなど、とにかくエロいのです(笑)。今回紹介した NCS やヒップホップ・ソウルを自身の音楽へ落とし込むことに、久保田利伸は試行錯誤し始めるのです。

   

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by bigflag | 2010-05-15 08:19 | ・久保田利伸を語る | Comments(0)  

Such A Funky Thang! -久保田利伸を語る- Vol.7

「Neptune」('92)のリリース後、久保田利伸は約3年をかけて、憧れの地・アメリカでのデビューを準備していました。アメリカでのデビューに先駆けて、まず、日本で 「Bumpin' Voyage」('95)をリリースし、同年9月に 「Sunshine, Moonlight」 で全米デビューを果たします。

ニュー・ジャック・スウィングのムーブメントには、リアルタイムで対応していた久保田利伸でしたが、「Sunshine, Moonlight」 を聞くと、前回・前々回と紹介したヒップホップ・ソウルにはまだ完全には対応できていません。リズムこそ、流行に合わせてビートダウンしているのですが、ヒップホップのビート感を出すまでには至っていません。また、このアルバムは決して駄作ではないのですが、リリース当時も現在も、英語詩であることに違和感を感じてしまいます。

一方、「Sunshine, Moonlight」 の日本語版に等しい 「Bumpin' Voyage」 は、久保田らしさが存分に発揮されている作品です。この2作にはいくつか同じ曲が収録されていますが、英語版と日本語版とを聞き比べると、表現力において格段に差があることは否めないでしょう。

先に指摘したように、この2作にはヒップホップのビート感こそ出ていないものの、ヒップホップを意識した曲が収録されています。 それは "女D.J. Fonk"(英語版は "Funk It Up") という曲なんですけど、久保田ならではのファンキーな感覚が凝縮した快作だと思います。ライブ動画で見れる、値札の付いたままのサングラスもファンキーです(笑)。右下の動画、"6 to 8" という曲で披露される非常に色艶のある歌声は、まさに自分が女だったら惚れるというパフォーマンスですね(笑)。久保田利伸はもともと歌声に色気のあるシンガーですけれど、90年代以降、持ち前の色気がさらに濃厚になっていると思います。

   

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by bigflag | 2010-05-12 01:05 | ・久保田利伸を語る | Comments(0)  

Such A Funky Thang! -久保田利伸を語る- Vol.6

僕が久保田利伸を初めて聞いたのは、ちょうど 「The Baddest II」 がリリースされた、1993年頃だったと思います。夏休みに従兄弟の家へ遊びに行ったとき、ステレオから流れてきた "Give You My Love" を聞いて、それまでに聞いたことのない、あの黒いノリに衝撃を受けたわけです。そして、ああいった黒い音を求めて、FMを聞くようになったのが1994年のことです。

1994年は、ヒップホップ・ソウルがまさに頂点を迎えようかという時期で、90年代における最も重要な作品の一枚がリリースされた年でもありました。その作品とは、TLC の 「Crazy Sexy Cool」 です。この作品は、サウンドのクオリティでは MJB の 「My Life」 に匹敵しながらも、かつ、ビートと一体化したヴォーカリゼーションやダンス・パフォーマンスにおいて、さらなる先進性を備えた歴史的な傑作でした。下の動画を見てもらえれば、ヒップホップと R&B との垣根が完全に崩れ去っていることを実感できると思います。

   

収録曲の中では、"Creep" の出来が頭ひとつ抜けていると思いますが、シングルとしてリリースされた "Diggin' On You"、"Waterfalls"、"Red Light Special" など、いま聞いても恐ろしく格好良い曲ばかりです。「Crazy Sexy Cool」 の世界を地で行く(笑)チンピラ娘3人組は、ブラック・ミュージックという枠を超えて、世界中へ絶大なるインパクトを与えたのです。その後の影響力という意味では、90年代最大のロック・アイコンであった NIRVANA よりも大きいかもしれません。

   

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by bigflag | 2010-05-09 07:12 | ・久保田利伸を語る | Comments(0)  

Such A Funky Thang! -久保田利伸を語る- Vol.5

久保田利伸は、傑作 「Such A Funky Thang!」 をリリースした後、アフリカやブラジルなどのワールド・ミュージックを取り入れた 「Bonga Wanga」('90)、ラヴァーズロック・ブームを意識した全編レゲエの異色作 「Kubojah」('91)、そして、ソウル回帰した 「Neptune」('92)と、続けざまにリリースを重ねています。ただ、この時期の曲はあまり好きではないので省略します(笑)

アフリカ、ブラジル、ラテン・ミュージックやレゲエなど、様々な音楽に久保田が浮気している間に?、アメリカのブラック・ミュージック・シーンでは、ニュー・ジャック・スウィングに続く、新たなリズムの革新が起こっていました。それは、ヒップホップ・ソウルと呼ばれたムーブメントです。その象徴的存在が、ヒップホップ・プロデューサーである Puff Daddy こと Sean Combs のバックアップを受けて、1992年にデビューした Mary J. Blige です。彼女の何が新しかったかというと、ヒップホップのビートだけの接近だった NJS から一歩進んで、ビートのみならずテンポまでもヒップホップへ接近するサウンドを披露したことにあります。ビートダウンしたテンポと、ボトムのベースラインが太くなったサウンドは、都会的なクールネスに溢れていました。

Mary J. Blige のデビュー作 「What's the 411?」 はヒップホップ・ソウルと呼ばれ、90年代のソウル・ミュージックの方向性を決定づけたのです。左下の動画は Ohio Players の "Pride And Vanity" をサンプリングしたアルバム・タイトル曲ですが、オリジナルのベースラインを見事に再生しており、新たな息吹を感じさせてくれます。

   

ただ、この衝撃をもって受け入れられたデビュー作よりも、ヒップホップ・ソウルの完成形を見せた 2nd 「My Life」('94) の方が、クオリティは遥かに高いです。Mary J. Blige の最高傑作である 2nd からは、3曲を紹介しておきます。右上は Mary Jane Girls の "All Night Long" をサンプリングした "Mary Jane" で、左下は Curtis Mayfield の "Give Me Your Love" を使った "I'm The Only Woman"。右下は同じく Curtis の "You're So Good To Me" を下敷きにした "Be Happy" です。いずれも大ネタ使いで元が良いだけに(笑)、いま聞いても格好良い曲です。

   

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by bigflag | 2010-05-05 11:06 | ・久保田利伸を語る | Comments(0)  

Such A Funky Thang! -久保田利伸を語る- Vol.4

特集の一回目に、久保田利伸は現在進行形で流行っているブラック・ミュージックが好きと書きましたが、1988年当時、最も流行っていたブラック・ミュージックとは何だったのか。それは、Teddy Riley によって生み出された、ニュー・ジャック・スウィング(NJS)と呼ばれる音楽です。NJS を端的に説明すると、シンセサイザーやリズムマシンが導入されたブラック・ミュージック、いわゆるブラック・コンテンポラリー(ブラコン)に、ヒップホップのビート(らしきもの)を取り入れたサウンドのことを言います。つまり、NJS の登場によって、ソウルやファンクとヒップホップの邂逅の先鞭がつけられ、現在、R&B と呼ばれる音楽の下地が用意されたわけです。

NJS を一躍メジャーに押し上げた作品といえば、全世界で1000万枚以上を売り上げたという Bobby Brown の 「Don't Be Cruel」('88) です。Bobby Brown の作品で、Teddy Riley のプロデュース曲といえば "My Progressive" になりますが、テディ・ライリーが全面プロデュースしていた Guy の "Groove Me" の方が、ヒップホップのビート感が出ていて格好良いと思います。また、Bobby Brown の曲だと、Baby Face プロデュースによる "Every Little Step" のナンパな感じが好きです(笑)。それにしても、この頃のブラック・ミュージックは軽いですねえ。

   

こうした NJS のムーブメントに、久保田利伸も当然のごとく乗っかっていました。前回散々紹介した 「Such A Funky Thang!」('88) に収録されている "Drunkerd Terry" という曲と、"Give You My Love"('90/「The Baddest II」 収録)が、久保田流のNJS です。前者は NJS そのままのビートを拝借していますが、後者では久保田がリスペクトする、ZAPP のようなトーキング・モジュレーター使いを取り入れるなど、NJS を自身の音楽として消化した、よりファンキーな楽曲へ変貌しています。ただ、本家とは違って、ヒップホップのビートはあまり意識されていないとも感じます。とはいえ、最新のビートを軽々と、しかも日本語で歌いこなす卓越したリズム感には驚かされます。

   

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by bigflag | 2010-05-02 16:39 | ・久保田利伸を語る | Comments(0)